第309飛行隊 C格納庫

卯月薫(うづき・かおる) アマチュア小説書き&ゲーム実況(はてなプロフに各URLあり〼)。マンガ、アニメ、映画、小説、ミリタリー、警察、TRPG、猫、ゲームなど。たまに自炊画像。  ※注意※  不適切なコメントは予告なしに削除する場合がありますのでご了承下さい。リアルの常識などは言うに及ばず、ネチケットもしっかり守りましょうw since 2005.12.22 当ブログはAmazonアフィリエイトを利用しています。

『アメリカン・スナイパー』

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 映画「アメリカン・スナイパー」の原作本。映画版のウィキペディアを読むとわかるが、映画と原作はかなり別物で映画の気分のまま原作を読むと肩透かしを食う事になる。私は映画を見たあとにウィキを読んで原作に入っているのでそれほどでもなかったが、なるほど映画と比べるとなんとも地味に思えてくる。代わりに淡々とした語り口のおかげで読みやすくはある、戦闘シーン(?)もさほど気持ちを飲まれずに俯瞰で眺めていられる印象だ。が、逆に共感しにくくはある。もちろん平和な世界の裏側――戦場で起きている事など実際にそこに立ってみなければ実感が涌くはずもないのだが、そもそも非日常を歩いた人物の自伝に共感しろというほうが無理なのかもしれない。つまりはエンタメ性に欠けている(もっとも本文の言葉の端々からエンタメ性などどうでもいいし、関心も払っていないという意図が感じられる)。よくこれを映画化しようと考えたものだ、またよくあれほどの虚構が混じる作品に仕上げようと思い立ったものだ。著者がどこまで映画の内容を知っていたのか知る由もないが、その感想は果たしてどのようなものだっただろう――この自伝には著者が決して書けない続きがあるのを映画を見た人なら知っているはずだ。答えは永遠にわからない。
 前出の“共感”に関連して、言い回しは失念してしまったが「世界には正義と悪しかない」という物言いはなんともキリスト教的だと感じた。著者が自らを評する通り”どこにでもいる普通の人間”だとしたら、この本はある意味アメリカ人の思想(思考回路?)そのものなのかもしれない。そういう話題になるたび違和感を禁じ得なかった、という感覚の中身はここでわざわざ語るまでもないだろう。
 他方、自由に関する記述は先進国に住む我々にも刺さるものがあり、ある面では先に読んだ『ブラック・ホーク・ダウン』の特に下巻感想の引用部分に通じるものがある。全然違うって? 本書内ではあまり触れられていないがイラク多民族国家だ。結局今でも事あるごとに宗派や民族で対立している。どの宗派も民族も権力を握って(自分たちにとって都合のいい解釈の)自由な国を作ろうとしている。暴力的ではないにしろ、すなわちそれは特定の宗派あるいは民族の勝利を意味する。サダム・フセイン国家元首についていた時がまさにそうだった。
 閑話休題。本書では「彼らは自由をわかっていない、自由には責任が伴う」と書いている。これは上記の権力が実現する自由とはまた別物だが、ひとまず彼ら(イラク国民)は自由があれば国は豊かに、自分たちは裕福になれると思っている(無論そうは考えない人たちもいるが)。この辺りは後進国の街頭インタビューを思い浮かべてもらうとわかりやすいだろう。大抵はそんな便利な自由があるわけないだろうと思うものばかりだ。自由に見える国の国民はその自由を支えるために相応の対価を差し出している。ただそのバランスがうまく保たれているがゆえにそうは見えないだけだ。さて、身の回りを見てみると……自由の意味を履き違えている輩が昨今は多い気がするのだが。
 映画を見てから原作を読んでも、あるいはその逆でも新しい発見があるだろう。軍事関係の知識を得るにもなかなかの良書なのは間違いない。読了して胸に残るのは、著者の魂に平穏あれという事だ。あるいは残された家族たちの心痛が、おこがましくも少しでもやわらぎますように、とも。