第309飛行隊 C格納庫

卯月薫(うづき・かおる) アマチュア小説書き&ゲーム実況(はてなプロフに各URLあり〼)。マンガ、アニメ、映画、小説、ミリタリー、警察、TRPG、猫、ゲームなど。たまに自炊画像。  ※注意※  不適切なコメントは予告なしに削除する場合がありますのでご了承下さい。リアルの常識などは言うに及ばず、ネチケットもしっかり守りましょうw since 2005.12.22 当ブログはAmazonアフィリエイトを利用しています。

或る千葉県民の十一日(上)

3/11に私に起こった事の記録。長い。二部構成。そんなに詳細を記録する必要があるのかと問われれば、私はこう返すだろう。
いいのさ、未来の自分が読み返して納得できるように書いてるんだから。
やたらと描写が細かいのは物書きの性である。故に、随筆(?)のつもりで読んでもらえるとこれ幸い。
ちなみにあまり真面目な文章ではないので期待が外れても責任は持てない。それが守れる人は「続きを読む」からどうぞ。


やや遅め、14時すぎに起きた。穏やかな日和で西向きの自室はぽかぽかだ。いつも通りトイレに行って洗顔してリビングで昼食。金曜日の今日は仕事のイベントの関係で休憩時間が早いので腹八分目よりも少なめに。このペースだと食後に少し余裕ができるので、使い終わった食器を洗った(たぶん自分でやったと思うんだけど)。で、忘れにないうちに職場に持っていく飲み物を、と空の1ℓペットボトルにスポーツドリンクの粉末を入れようとしていた時だった。リビングの時計で14時46分くらいか。
ゆらゆら、ゆらゆら。
窓や家具からカタカタと音がする。ああ、いつもの、よくある地震ね。
揺れは大した事ないのに、やたら震度の数字が大きく表示される地震。最初はそう思った。が、なかなか揺れが止まない。ぱっと中学か高校で習った地震の揺れの原理が頭をよぎった。地震の最初のゆらゆらはS波(えすは)と呼ばれ、揺れの波長が長いためにまずはこちらが先に到達する。対して本揺れはP波(ぴーは)と呼ばれ、波長が短く揺れは強い。
カタカタがガタガタになってきた。
「あ、やば。でかいのが来る」
こういう時、我が家の人間は無駄に冷静だ。パニックに陥って理性を失ったり、感情に任せて叫んだり喚いたりせず、冷静に、時には冷淡に状況を把握しようとする。呼吸が荒くなっているのが自分でもわかった。
突如、ガタガタがダダダダッ! という縦揺れに変わった。耐震・免震住宅のCMなどでよく見る、下からの圧倒的な力で揺さぶられるあれだ。家が激しく動いているのがわかる。人生で初めての地震だった。
リビングのテーブル横にしゃがんだ体勢のまま、右手に粉末の袋、左手は床について体を支え、辺りにせわしなく視線を走らせながら私は考える。リビングの家具はほとんどがL字ステーによって壁に固定されている。が、それを振り切って家具が倒れてくるかもしれない。さて、今すぐテーブルの下に隠れるのが得策か、あるいは家が倒壊しないうちに外へ避難してしまうのが得策か、と。
我が家は古い。ざっと20〜30年はこの場所に立ち続けている。つまり1985年の新建築基準*1が標準となる以前の建造物であり、いかにそれまでの日本家屋に多い箱型構造*2とはいえ阪神大震災クラスの地震は箱型構造の強度想定外でさすがに耐えられない、との専門家の見解を知っていたし、加えて老朽化で家具を支えるL字ステーが刺さっている桁も要の四本の柱もこの揺れを許容できずに崩壊するかもしれない。家が潰れてしまってはテーブルの下に隠れても命を繋ぐ事は困難で、それなら逃げられるうちに戸外へ逃げてしまったほうが賢明だ。
つまり、今ここでの判断、隠れるか逃れるかの一瞬の判断が自分の今後を左右する可能性があった。そして残念ながら私はどうするか決断できずにいた。
よし、もし家のどこかから危険な音がしたら退避しよう、と恐らくその時はもう遅いぞな審判を自分に下して揺れが治まるのを待つ。やがてダダダダッ! はゆらゆらを残して遠ざかっていった。
リビングの時計は3分ほど進んでいる。それを計算に入れてたっぷり数分は揺れてたのね、と息を吐くのとほぼ同時に仕事から帰宅して自室で寝ていた父親がリビングに姿を現した。
「随分長い間揺れたね!」
「うん、もしかしたら家が倒壊するかと思った」
父親の部屋のテレビはついていた。地震の最中から見ていたのかもしれない。震度とマグニチュードを知りたかったけれど、まずはスポーツドリンクを完成させた。地震収束直後から職場から電話はかかってこないだろうと切り捨てていたので、とりあえず出勤しようと思ったからだ。あとあと文句を言われるのもうっとおしいし、出勤すればとりあえず出た分は給料に反映されるかな、とも思った。
さあ、町が地震のショックにハマっている間に早く出勤してしまわなければ。でないとあちこち何もかもが混乱して動けなくなる可能性がある。
「外とガレージ見てくるバイク倒れてるかもしれないし。代わりに一階の倉庫見てきて、落ちたものがあったら戻しといて」
「えー、(地震に食われた分)もう時間が……。バイク倒れてるのはヤだな、仕方ないなじゃあささっと行ってくる」
いつも職場には早めに着くようにしている。そのマージンを使って見回ってくれば現地での準備を含めても間に合うだろう。玄関前の靴箱を直し、ひとつ目の倉庫を問題なく通り抜けてふたつ目の倉庫へ。私が中学で作った土粘土陶芸(体育座りをしている人間の形)と首が取れて前足が消えた細身のネコの置物が落下。置物の方は父親へ報告のため持っていくとして、あとは私の積読が崩れていたので横積みに直した。
玄関前で父親に出会い、ネコの置物に起きた事件を説明した。
「ああ首が。前足は前からパーツが足りないの」
その声を背中で聞きながら階段を駆け上がり、自室に戻って出る準備をした。まだ制服を用意してもいなかったから焦っていた。プラス軽く混乱しているようでばたばたしたが、準備完了していつも通り忘れ物がないか室内を見渡してから部屋を出た。廊下で父親とすれ違う。
「仕事休みだったら電話してね。夜起こしてもらうから」
「電話は通じないんじゃないかなあ……」
「大丈夫、通じるっしょ」
会話に埒が明かなそうなので、そりゃ今はね(通じるだろうけど)、胸の裡ではそうつぶやきつつ、わかったよ、と返して外に出た。
外は被害は見受けられなかった。まあ、それはこの辺だけかもしれないのでまだ安心はしない。
ガレージからXRを出しつつふと思う。……あー、ガレージも地震対策しないとなあ。
我が家のガレージの天井には板がわたしてあり、天井とその板の間のスペースに落ち葉かきなどがしまってあるのだ。もし地震で板がずれ、収納物が落下した場合――ガレージにはバイクが駐機している。この先は言うまでもないだろう。
「頼むから私が帰ってくるまで落ちるなよん」
大きな地震のあと、予想される余震に見舞われるガレージに後ろ髪引かれながら、XRのスタンドを払った。

*1:初めて耐震に関する項目が追加された基準。

*2:四隅に一本ずつ柱を配する四角い構造。揺れるが簡単には倒れないと言われる。