咲耶の天魔II
昨夜の出来事だ。風呂上りに自室のデスクチェアでぼんやりしていると手が滑ってケータイをうっかり取り落してしまった。といっても既に過去何度も落っことしているのでなんの事はない、それ自体は日常の光景だった。
よっこらしょ、と身を起こして床に落ちたそれをのっそり拾いあげる。どこかにダメージがないかと確認する。「HOLD」のスライドを解除してボタンを押す。ピッ、とプッシュ音がする。しかし画面は真っ暗だ。
背筋を戦慄が駆け抜ける。一縷の望みをかけて電池パックを外し、入れ直して電源をオンにする。何も変わらない。何も起こらない。ちくしょう、一番面倒な壊れ方しやがった!
一瞬にして通話に特化したただの電話に成り下がった我が愛機。誰が昔懐かしい黒電話に変身しろと言った。画面以外に異常がないだけに、こうなってしまったからには潔く諦めようと自らに言い聞かせるもなんとも決心がつかない。翌日に備えて早寝しようとしていたタイミングでどうしてこういう事が起きるのかと、神様とやらがいるなら詰め寄ってやりたい気分だ。
もっともこの時はそれでもまだ余裕があった。いくばくか拾い損ねるにしてもMicroSDに諸々のバックアップをとってあったからだ。馬鹿みたいな出来事でケータイが駄目になったとはいえ後釜のスマホは購入済みで、そこにMicroSDを差してデータを移動すれば苦も無くこの事件に幕を引けると思っていた。
ところがどっこい、ケータイでは不安定ながらも正常に認識したMicroSDをスマホ側は「破損したMicroSD」として拒絶した。なんという想定外、当然これではデータは移せない。ならばとネット上に預けてあるデータを引っ張れないかと足掻くもそのサービス自体がケータイ専用で、なおかつPC連動機能はとっくの昔にサポート外になっていた。八方塞りという単語が絶望感とともに頭をよぎる。もちろん試す価値のある方法はまだいくつか残っているが、深いため息をつきつつ見やった時計の表示は午前6時を過ぎている。早寝どころか寝る事すら今夜は諦めなくてはならないようだ。
以後ケータイの取説片手にカーソルetcの動きを推測しながらなんとか新しいMicroSDにデータを移そうしたり、カードリーダーでMicroSD内のバックアップデータを読み出そうとしたりしたものの、結局どれもうまくはいかなかった。――ああわかっている。ケータイが壊れたのは確かに不幸な事故だが、バックアップデータに関する一連の失態は全て自業自得だ。ケータイが読み込むからと愚かにも二の矢を用意せず、実際問題として破損していたMicroSDにバックアップをとり続けていたのだから。
そんな顛末があって、またスマホ使いに戻った(棒 当時使っていたアプリなんてもうほとんど覚えていないんだが。